オオカミの呼ぶ声 番外編SLK 第一話 SLK1 風邪 |
「で、あんた何してるのそこで?」 今日、ルルーシュが熱を出して学校を休んでいた。 看病をするためスザクも休んだので、私は授業が終わると、家にランドセルを置いてすぐにこの家にやってきた。 すると、布団の中で大人しく眠っているルルーシュに背を向け、不機嫌そうに腕を組んだスザクがそこに座っていたのだ。 「何って、見ての通り看病してるんだよ」 ルルーシュの額には濡れたタオル、頭の下には氷枕。 枕元には氷と水を入れた洗面器。水差しとコップも用意されていた。 ぐっすりと眠るルルーシュの様子からも、確かに看病はしているようだった。 「私が言ってるのはそうじゃなくて、何でルルーシュに背中を向けてるのよ?」 「仕方ないだろ、ルルーシュが俺の尻尾放さないんだから」 その言葉に、私は目を見開いて驚いた。 「尻尾!?あんた尻尾なんてあるの!?」 「あるに決まってるだろ」 私のその反応に、更に不機嫌になったスザクは、眉間にしわを寄せてそう言った。 確かにスザクの頭には、獣の耳がちょこんと付いている。 だが、それ以外に人間の子供と見分けられる物など、私は見た事がなかった。 この地の土地神であり犬神。その本来の姿は日本狼。理解はしていても、認識は別だ。 尻尾。私は縁側からさっさと座敷へ上がり、スザクのお尻の部分を覗き見ると、確かに、袴のお尻の部分から何かが出ているらしく、それがルルーシュの寝る布団の中に隠れている。 ひょいっと、その布団をまくりあげると、確かにお尻から茶色の尻尾が伸びており、その尻尾をルルーシュがぎゅっと抱きしめて眠っていた。 日本狼の物とは思えないほど大きくて、毛足が長くふかふかしていて柔らかそうなその尻尾は、触り心地がよさそうに見える。 「ホントだ。何、今まで袴の中に隠してたの?」 「邪魔だから普段は消してるんだ」 「で、今はルルーシュの為に出してるの?」 「・・・寒そうにしてるから、俺、狼に戻ってさっきまで一緒に寝てたんだ。その時に掴んだまま離さないんだから、仕方ないだろ」 ぷいっと、少し顔を赤くしてスザクは顔を背けた。 「・・・狼にもなれるの?」 「当たり前だ、俺は元々狼だぞ。人間の姿なのは、神気を安定させやすいからだ」 「神気ってなに?」 「神の体から湧き出る力。それをちゃんと抑えないと、共存出来ないからな」 「抑えないとどうなるの?」 「他の生き物と対話も何もできないし、大地や大気に与える影響がデカ過ぎるから、高天原に帰るしかないな」 「高天原?」 「神の住む場所。桃源郷とか理想郷とか天国とか、いろいろな名前で呼ばれてる所だ」 聞いた事のない話ばかりで、私は感心しながらスザクの話を聞いていた。 スザクは馬鹿だと思っていたけれど、私の知らない事を結構いろいろ知っているようだ。 そんなことも知らないのか、と言いたげな表情だが、それでもちゃんと、私にも解るよう答えてくれるところがスザクらしい。 真剣に聞く私の態度に、スザクはだいぶ機嫌が直ったようで、まだ若干不貞腐れてはいるが、眉間のしわは無くなっていた。 「で?スザクが機嫌悪いのは、ルルーシュに尻尾を掴まれて動けないからなの?」 「別に機嫌は悪くないだろ」 「悪いわよ、いつもみたいに笑ってないじゃない。ああ、ルルーシュの具合が悪いからか」 そうだったと、顔を赤くし、苦しげに呼吸をするルルーシュに目を向けた。 額のタオルを手に取るとすでに温くなっていて、私は冷水にタオルを浸け、ギュッと絞った。冷たいタオルが額に置かれると、一瞬ピクリと反応したが、目を覚ます気配はない。 「ちょっと、昨日無理しすぎたわね」 「ルルーシュ体力なさすぎなんだよ」 昨日は日曜日だった。 連日の雨が上がり、久々の快晴で、朝から私達はルルーシュを連れて野山を走り回っていた。 春の花が咲き乱れ、新緑の森はとても綺麗で、私達はどんどんテンションが上がり、最初は気にしていたルルーシュの体力など途中から考えず、私とスザクはルルーシュを引っ張り回した。 その結果がこれだ。 夕暮れにはまだ早い時間に、ばたりとルルーシュが倒れて、熱を出したのだ。 疲労と、まだ肌寒い中走り回ったせいで、物の見事に風邪をひいていた。 体温計で、少し熱を測っておこうかな?そう思い、水差しの横に置かれていた体温計を手に取った時、眠ったままのルルーシュが、か細い声で何かを言ったのが聞こえた。 耳を澄ませて、ルルーシュの口元に耳を寄せると、今度ははっきり聞こえた。 「ははうえってお母さんの事よね、でもナナリーって誰?」 私がそう言いながらスザクを見ると、あからさまに不機嫌な顔をし、獣の耳を伏せたたスザクがそこに居た。 あ、不機嫌な原因はこの寝言だったのだと、私は理解した。 「別にお母さんの事呼んでもいいじゃない。なんでそんなに怒ってるのよ」 「・・・別に怒ってない」 私から目を逸らし、不機嫌全開の声で言うので、全く説得力は無い。 「怒ってるわよ」 「母親を呼んだ事は、怒ってない」 むすっと頬を膨らませ、口をとがらせながらスザクはそう呟いた。 「じゃあ、ナナリーって呼んだのが気にいらないの?なんで?あ、スザクって呼ばない事に怒ったとか?」 「知るかよ!」 顔を真っ赤にして、立上り怒鳴るスザクに「あ、図星だったんだ」と思わず呟いた。 「違う!」 「って馬鹿!大声出さないでよ、ルルーシュ起きちゃうでしょ!」 「ってお前こそ大声出すなよ!」 つい、つられて大声を出した私に、焦ったようにスザクが怒鳴る。 「・・・二人とも煩い・・・」 具合の悪そうなか細いその声に、私達はピタリと口論を止め、声の方へ顔を向けた。 スザクが立ちあがった事で、既にその尻尾から手を離していたルルーシュは、眠そうに眼を擦りながら私達を見上げていた。 「ごめん、ルルーシュ。具合どう?水飲む?」 「飲む」 そう言いながら、のそのそと体を起こそうとするので、スザクが手を差し出し、熱でふらつくその体を支えた。 スザクの獣の耳は完全に伏せられており、尻尾も垂れ下がっていて、悪い事をした自覚があり、飼い主に怒られるのを待つ犬のようだ。 今のスザクの感情が現れたそれに、私は水差しからコップに水を入れながら、自分に尻尾と獣耳がなくてよかったと思った。 あったらきっと同じ状態だっただろう。 よほど喉が渇いていたのか、ごくごくと喉を鳴らしながら、ルルーシュはコップの水を飲み干していく。 飲み終わったコップを置いたルルーシュは、私たち二人に目を向けた。 「で、どうかしたのか二人とも。ケンカの原因は何だ?」 怒鳴り声で目を覚ましたのだから、当然その前の話を知らないルルーシュはそう聞いてきた。 その言葉に、私はスザクを見るが、スザクはぷいと、私とルルーシュの視線から目を逸らした。 相変わらず耳としっぽは垂れ下がっている。 ルルーシュもその状態に気が付いたのだろう、私の方に視線を向けた。 スザクの不機嫌の原因は嫉妬だ。見知らぬ誰かの名前は呼ぶのに、一緒に居る自分が呼ばれなかったことへの、嫉妬。 流石の私も、それを言う事は出来ず、そんな事よりも知りたい事を聞こうと、そちらに話を持っていった。 「大したことじゃないのよ、ごめんね煩くして。それよりルルーシュ、ナナリーって誰?」 あまりにもストレートに聞いた私に、スザクは驚きの眼差しを向けてきた。 こんな事遠回しに聞いても意味ないじゃないの?という視線で私はスザクを見つめ返した。 「ナナリーは僕の妹だ。だけど、何処でその名前を?」 「妹?あんた妹なんていたの?」 「ルルーシュ、俺その話聞いてないぞ!?」 妹。そう言えばルルーシュの家族の話なんて聞いた事がない。 私達は、身を乗り出す様に、ルルーシュへと体を向けた。 「話していないのだから、当たり前だろう」 「何で話さないんだよ、話せよナナリーの事!」 母親同様、身内だと解ったからだろうか、スザクの耳がピンと立ち、尻尾が僅かに揺れていた。 ホントに解りやすいわね、この耳と尻尾。 当然だが、ルルーシュにもそのスザクの様子は見えていて、立ち直りの早さに苦笑していた。 スザクのその表情から怒りは既に無く、好奇心いっぱいの顔でルルーシュを見つめている。 「いつかは話そうと思っていたけれど、なかなか決心がつかなかったんだ」 「妹の事を話すのに決心って?」 不穏な言葉に、再びスザクの尻尾が垂れ下がり、私も、思わず眉根を寄せた。 ルルーシュは、こちらに向けていた顔を俯かせ、静かに目を閉じた。 「僕がここに来た理由でもある。・・・母が、殺されたんだ。妹の目の前で」 その言葉に、私もスザクも息を呑んだ。 「母はその体で妹を守るように倒れていた。母の体には拳銃で撃たれた傷が14ヶ所あったそうだ。だが、全ての弾丸を母は防ぎきれず、妹も重傷を負った。両足を撃たれていたんだ。そして、その時のショックで、妹はその両目も閉ざしてしまった。今は自力で歩くことも、その目で見ることも出来ない。僕の家は、色々と変わっていてね。母親の違う兄妹もたくさんいた。母親を亡くした僕たちは、その家では厄介者だった。でも、僕達を守ろうと動いてくれた人たちがいて、僕は妹をその人たちに任せることにした。その人たちの力でも、僕たち二人を守る事は難しい。だから妹だけを守ってほしいと、僕の事は守らないようにと頼んだ結果が、これだ。母が生きている頃僕は下手に目立っていたから、僕の存在は厄介だと考えた者たちが、あることない事吹聴して歩き、一族の長である父が僕の追放を決定した」 呆然と話を聞く私達に目もくれず、ルルーシュは自分で水差しからコップに水を入れ、ごくごくと水を呑んだ。 その手が僅かに震えていて、先ほどまで熱で赤かった顔色が青ざめていた。 「犯人は、見つかったの?」 「いや、見つかっていない。というよりも、探してすらいない。だから、おそらく一族の中に犯人がいる」 「探してないって、どうして!?」 「父には沢山の妻がいる。その中でも母は若く、そして父に一番近い存在だった。だから、母を疎んでいた人物は沢山いる。身内から犯罪者を出すわけにいかないから、母の死も事件ではなく事故死扱いだ」 銃弾で無数の傷がついた体なのに、階段からの転落死扱いとなったという。 ナナリーは母親の転落に巻き込まれ、突然の母の死と足が動かなくなった事に記憶が混乱し、ありもしない母親暗殺の話をしているのだ、という事にされ、全てが闇に葬られた。その内容を聞いた私は、頭に血が上り、思わず怒鳴りつけてしまった。 「身内だからって、そんなの理由にならないわよ!」 「普通はならない。でも、あの家では殺される方が悪いらしい」 割れるのではないかと言うほど、ルルーシュはコップを持つ手に力を込めた。 それを見ていたスザクは、ルルーシュの手からコップを取り上げる。 「ナナリーは安全なのか?」 「ああ。安全な場所に居る。今は、問題は無い」 「ルルーシュと一緒に行く事は、本当に出来なかったのか?」 「ナナリーが無事に離れられたのも、目と足が不自由だと言う事が大きい。僕がそこに行けば、間違いなく誰か仕掛けてくる」 「ここに居れば、仕掛けてこないのか?」 「・・・それは解らない。が、僕は簡単に死ぬつもりはない。必ず母を殺した犯人を見つけ出し、妹が平穏な生活を送れるようにして見せる」 いつも冷静なルルーシュの瞳は、今まで見た事もない苛烈な光を放ち、じっと前を見据えていた。 「ふ~ん」 その様子に、スザクは気にいらないと言いたげな顔で、ルルーシュを見た。 そんなスザクの反応に、ルルーシュはムッとした表情でスザクを見返す。 「ルルーシュが犯人捜したいって言うなら、別に止めないけどさ」 不貞腐れたような口調で、スザクは言う。 「・・・何が言いたい?」 「別に?ただ、そんなに妹の安全が大事だ、犯人を探したいって思ってるなら、さっさと帰ればいいじゃん」 つんと顔を背け私達に背を向けながら、不機嫌そうにスザクはそう言った。 その態度に、私は思わず怒鳴りつけようとしたが、ルルーシュに止められた。 ルルーシュの視線の先には再び伏せられた獣の耳と、元気なく垂れ下がる尻尾。 本人がどれ程強がっていても、その耳と尻尾は本心を映し出す。 妹を守るのも、犯人を探すのも、この日本に居ては無理で、それはつまりルルーシュがここから離れると言う事。 その事に対するスザクの気持ちの表れが、この耳と尻尾だと、私でも理解できた。 「あ、でも、今は無理でもナナリーってこっちに住めないの?ここなら私もスザクも藤堂先生もいるから安全よ?犯人探しは専門家を雇ったりすればいいんじゃないの?」 そう言うのは駄目なの?と、私は小首を傾げながらルルーシュに聞いた。 それならルルーシュはここに居ながら犯人を探せるし、ルルーシュもナナリーも安全になる・・・ような気がするんだけど? 「そうだルルーシュ!ナナリーをここに呼べよ!俺が守ってやるから!!」 それまでの落ち込みは何処へやら、スザクが飛びかからん勢いで、ルルーシュの前に両手をついた。 見ると尻尾がブンブンと大きく振られている。 ほんっと解りやすいわ。 これは普段隠すわね。 私でも隠すわ、こんな解りやすい尻尾。 スザクの獣耳も感情を表しやすく、ルルーシュがそれを戻すのに苦労しているが、この尻尾には負ける。 「な、ルルーシュ、そうしろよ。俺だけじゃ力不足っていうなら、高天原から仲間を呼びよせるからさ」 キラキラと、翡翠の瞳を輝かせて、スザクはルルーシュへ詰め寄った。 先ほどまでの落ち込みとの落差に、ルルーシュは思わず噴き出し、可笑しそうに笑った。私も耐えきれずに笑いだし、そんな私達の様子に、スザクは何で笑うんだと、首を傾げた。 「そうだな。今はまだナナリーの容体も安定していないだろうし、足と目の治療もあるから無理だけど、ここに呼ぶのが一番いいのかもしれないな」 自然豊かで、なにより心優しい神がこうして傍らに住んでいる国なのだ。 穏やかな時間の流れるこの場所の方が、きっと心の傷を癒すのにも向いている。 「そうしろ、決定だからな!ルルーシュとナナリーは俺が守る!」 嬉しそうに尻尾を振りながら、そう宣言するスザク。 そして笑いながらそれを見ている私とルルーシュ。 あの頃の私達は、ルルーシュとナナリーがこの地で暮らす日が来ると信じていたのだ。 |